どうもこんばんは、カムラです!
パワプロの実在選手作成のコーナーです。
阪神の助っ人外国人を作成シリーズ!
第十二弾は、2005年頃に阪神に在籍したシェーン・スペンサー選手です!
シェーン・スペンサーとは?
グラナイトヒルズ高等学校→ニューヨーク・ヤンキース (1998 - 2002)→クリーブランド・インディアンス (2003)→テキサス・レンジャーズ (2003)→ニューヨーク・メッツ (2004)→阪神タイガース (2005 - 2006)
シェーン・スペンサーは1994年のMLBドラフト28巡目でニューヨーク・ヤンキースから指名を受けプロ入りした野球選手です。
ヤンキース時代は1998年のシーズン終盤でメジャー昇格すると、高い打率に加え、本塁打を10本も放つ活躍をし、チームをワールドシリーズ制覇に導いた立役者の一人となりました。
しかし翌年以降は不整脈や怪我により成績も落とすと、2002年オフには松井秀喜が加入したこともありFAとなります。
以降はクリーブランド・インディアンスやテキサス・レンジャーズ、ニューヨーク・メッツと契約して活動をしましたが、不振の他にもバーで割れたガラスを踏んで右かかとを負傷したり飲酒運転で逮捕されたりと、公私に渡るやらかしで居場所を無くし、日本に働き場所を求めるようになりました。
そして2004年シーズンオフに、広島東洋カープから移籍したアンディ・シーツと共に、阪神に入団することが決定しました。2005年は右翼手として桧山進次郎との併用で主に相手チームで左投手が先発する試合に起用されると、金本知憲・今岡誠擁する強力打線の一角を任されチームのリーグ優勝に貢献しました。
しかし2006年は、春季キャンプ終盤に車から降りる際、足を踏み外して右足首を捻挫、全治6週間と診断されて開幕に出遅れると、同じく怪我から復帰した濱中治の活躍で出場機会は大幅に減少して、対左投手た用の代打や指名打者としての起用が中心となりました。
そして故障から戻ってきた今岡と入れ替わりに二軍落ちをすると、同年限りで自由契約となり獲得に乗り出す球団はなくかったことからそのまま帰国し、引退しました。
引退後は2008年からサンディエゴ・パドレス傘下のマイナーリーグ、レイクエルシノア・ストームや独立リーグ・アトランティックリーグ所属のサマセット・パトリオッツの打撃コーチを務めた他、韓国プロ野球のネクセン・ヒーローズにて2軍・3軍を統括する監督に就任しましたが、再び飲酒運転が発覚したことで辞任に追い込まれました。
査定
・基本能力
基本能力はパワプロ2005.6年度のデータ(出典:http://www.baseless.org/data/)を参考にしました。
・対左投手B
メジャー、NPBを通して左投手相手の打席で圧倒的な強さを発揮したため付与しています。
次回は2005〜7年に阪神で活躍したアンディ・シーツ選手を作って行けたらと思います!
(若干ネタ切れになりつつあるので何かリクエストとかあればコメントしていただけると幸いです!)
それでは!
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