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[パワプロ2018]阪神タイガース 野口寿浩[パワナンバー]

どうもこんばんは、カムラです!

パワプロの実在選手作成のコーナーです。

今日は00年代の阪神で活躍した名脇役捕手、野口寿浩選手を作っていきます!

 

野口寿浩とは?

習志野市立習志野高等学校→ヤクルトスワローズ (1990 - 1997)→日本ハムファイターズ (1998 - 2002)→阪神タイガース (2003 - 2008)→横浜ベイスターズ (2009 - 2010)

 

野口寿浩選手は、1989年のドラフト会議にてドラフト外でヤクルトスワローズに入団した選手です。‬

 

‪ヤクルトに在籍していた頃は不動の正捕手・古田敦也に次ぐ2番手捕手として起用されることが多く、古田選手が怪我で戦線離脱した際の代役を務めました。‬

‪野口選手は勉強熱心な選手で、当時ヤクルトの監督だった野村克也さんのミーティングでの講義を熱心に聴き、ノートを取ることでリードの技術を磨きました。‬

‪そして1998年出場機会を求めてトレードを志願すると、捕手不足が課題となっていた日本ハムファイターズからの城石憲之との交換トレードを受け移籍しました。‬

‪日本ハムに移籍すると直前まで正捕手であった田口昌徳選手が左膝靭帯を損傷したこともあり、正捕手として起用されるようになり、監督推薦でオールスターにも出場しました。‬

‪以降は日本ハムの正捕手として出場するようになり、「ビッグバン打線の恐怖の8番」として強肩強打っぷりを披露するようになりました。‬

‪しかし、實松一成の育成を優先する方針から2002年のオフ、坪井智哉とのトレードで阪神タイガースへ移籍。正捕手の矢野輝弘に次ぐ控え捕手として活躍しました。‬

移籍した阪神は当時矢野選手が絶好調であったことや若手捕手の狩野恵輔、清水誉がいたことから出場機会がさらに激減してしまいます。‬

‪数少ない出場機会の中で阪神のエースであった井川慶とバッテリーを組んでノーヒットノーランを達成したり、上園、岩田、ボーグルソンと言った若手や外国人投手の育成目的とした出場を経験したりしました。‬
‪特に前述の通り井川慶投手との相性が良かったことから実質専属捕手としてほとんどの試合でバッテリーを組みました。‬

 

‪2008年オフにはFA権を行使し、鶴岡、相川両捕手の放出から捕手の補強を目指していた横浜ベイスターズが獲得に動き、横浜に入団しました。‬

‪横浜時代は、キャンプ終盤におった右肩の負傷のせいもあって新人の細山田武史に正捕手の座を譲る形となり、若手の武山真吾も台頭してきたことから出場機会を失い、代打起用や2軍生活を主にシーズンを過ごすようになりました。‬
‪そして、若手選手が多く起用する方針のチームから構想外と通告され、12球団合同トライアウト1回目に参加したものの獲得する球団はなく現役引退を決断しました。‬

 

‪引退後は子ども向けの野球教室やヤクルトのコーチを務めた他、テレビ中継の解説を行っております。‬

 

査定
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・基本能力

基本能力はパワプロ2000〜2010年度のデータ(出典:http://www.baseless.org/data/)を参考に設計させていただきました。主に阪神に在籍した頃の能力を基本にしました!

 

・キャッチャーC

前述の通り、若手捕手や助っ人外国人を持ち前のリードで引っ張って行ったことから付与しました。

 

・初球○、チャンスメーカー

日本ハム時代から初球から積極的にバットを振りチャンスを作り出す恐怖の8番打者として活躍していたから付けました。

 

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次回もまた阪神選手を作って行けたらと思います!

(若干ネタ切れになりつつあるので何かリクエストとかあればコメントしていただけると幸いです!)

それでは!

 

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